日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

口腔機能低下症について(2019/08)

口腔機能低下症とは,加齢だけでなく,疾患や障害など様々な要因によって,口腔の機能が複合的に低下している状態を示します.放っておくと最終的に咀嚼機能や摂食嚥下機能が低下し,全身的な健康を損なうようになります 1)(図1).
とくに高齢者や有病者においては,う蝕や歯周病,義歯不適合などの口腔そのものに関する原因に加えて,加齢や全身疾患によってさらに低下しやすくなります.また,低栄養や廃用,薬の副作用等によって,より一層複雑な病態を呈することも多くみられます.したがって,患者さんの生活環境や全身状態,そして今後の病状をみながら,口腔機能を適切に管理していく必要があります.
口腔機能低下症の評価項目として,口腔不潔,口腔乾燥,咬合力低下,舌口唇運動機能低下,低舌圧,咀嚼機能低下,嚥下機能低下の7つがあげられます2).上記7項目のうち,咀嚼機能低下と摂食嚥下機能低下以外の5項目中(咬合力低下に関しては残存歯数で評価)3項目以上が低下していると,栄養状態(平均MNA-SF点)は低栄養レベルに到達していることも明らかとなっています3).ちなみに,この評価基準は現状のエビデンスから検討されたものであり,まだ完成版ではありません.よりよい診断基準を確立していくためには,今後もさまざまな患者さんを評価し,老化のみならず疾患の影響で生じる口腔機能低下など,さまざまな角度から多くの研究を行っていくことで修正されていく可能性があります.
神経筋疾患の患者さんにおいても,進行に伴い口腔機能が低下する場合があります.
診療させて頂く神経筋疾患患者さんに,「食事はうまくとれていますか?」「食事量はいかがですか?」と尋ねると,患者さんやご家族は「普通の食事をとっています」「比較的硬いものも咬んでいます」「問題ありません」とおっしゃることがあります.しかしながら,実際に上記の検査を行うと,残念ながら口腔機能が低下している場合も多くみられます.開閉口筋や咀嚼筋等の筋力低下や舌機能の低下により,かみしめることや咀嚼が困難になられる方,顎運動そのものが不安定になられる方に加えて,手指の巧緻性や筋力低下から口腔の自己清掃が困難になられる方もおられます.構音機能の低下なども関連し,舌苔の付着が顕著になられる方もおられます.
神経筋疾患患者さんたちにも,しっかりとした栄養状態を維持していただくため,そして,安全に楽しく経口摂取をしていただくために,現在,歯科の分野では,高齢者や有病者の口腔機能を簡便に評価し,口腔機能低下を予防する活動を行っていることをご紹介しました.
1) 口腔機能低下症の検査と診断―改訂に向けた中間報告―,(一社)日本老年歯科医学会学術委員会,老年歯科医学,2018
2) 高齢期における口腔機能低下―学会見解論文 2016年度版―,水口俊介ら,老年歯科医学,2016
3)急性期病院入院高齢者における口腔機能低下と低栄養との関連性,松尾浩一郎ら,老年医学,2016
201908
図1 口腔機能低下症の概念図 (日本老年歯科医学会ホームページより引用)
広島大学大学院医系科学研究科先端歯科補綴学
吉川峰加