日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

口腔装置は、なぜうまくいかないのか?(2014/10)

 神経筋疾患の患者さんの中には,軟口蓋の運動が障害されている場合があります.軟口蓋は弁状の形態で,運動して口(中)咽頭と鼻(上)咽頭を遮断する役割を担っています.嚥下時には気密に口咽頭と鼻咽頭を分離することで食物の鼻腔への逆流を防止し,発音時には声が鼻に抜けることを防止して言葉の明瞭度を保っています.そのため,軟口蓋運動が障害されると,嚥下機能と音声言語機能のいずれかもしくは両方が障害されます.

軟口蓋運動が障害されている場合に,軟口蓋挙上装置と呼ぶ口腔装置が用いられることがあります(図1).この装置は,歯科保険診療の範囲内で作成できるのですが,あまり用いられていません.理由は,保険診療による装置であるにもかかわらず,歯科教授要綱には収載されていないために歯学部では教育されていないこと,また多くの歯科医師は神経筋疾患の患者さんの機能回復の臨床経験を持っていないことにあります.ところが,たまたま経験不足の歯科医師がこの装置を作成しても,患者さんが装着されないことがあります.この原因を明らかにしないと折角の装置が患者さんには無用の長物となります.原因はどこにあるのでしょうか.

軟口蓋運動は,咽頭を開放,閉鎖するだけの単純な運動のように見えますが,この閉鎖運動には,口蓋帆挙筋,口蓋舌筋,口蓋咽頭筋,上咽頭収縮筋,口蓋帆張筋,口蓋垂筋という複数の筋の精緻な調節が関与します.軟口蓋を持ち上げる筋は口蓋帆挙筋ですが,軟口蓋と舌を結ぶ口蓋舌筋は軟口蓋を下げるように働きます.すなわち,軟口蓋の上がる高さの調節は,口蓋舌筋や軟口蓋と咽頭を結ぶ口蓋咽頭筋の下に向かう力と口蓋帆挙筋の上に向かう力のバランスによって決まります.これらの筋のうち,口蓋舌筋は一気に引き伸ばされると収縮する特性を持っています.

軟口蓋挙上装置の尻尾の部分で軟口蓋を一気に持ち上げると口蓋舌筋は引き伸ばされて軟口蓋を引き下げようとします.その結果,装置は外れてしまい,舌の奥に当たり嘔吐反射が生じて気持ち悪くなります.では外れないようにしっかりと維持できるようにすれば問題ないかというと,軟口蓋が装置の尻尾に突き刺さり(図2),長時間すると軟口蓋に褥瘡ができてしまい(図3),ひどい疼痛が生じて,やはり入れられません.したがって,装置の尻尾の部分は,段階的に伸ばして,徐々に軟口蓋を挙げることが肝要です.この装置は正しい音声言語生理学に基づいて作成されなければ奏効しないということです.

歯科医師に装置作成を依頼される際には,このことについて伝達していただくことが必要です.

文献 
舘村 卓:口蓋帆・咽頭閉鎖不全-その病理・診断・治療.医歯薬出版,2012.
一般社団法人 TOUCH 舘村 卓(歯科医師)