日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

咀嚼時の頸部の角度変化による食塊移送への影響(2012/01)

 咀嚼時に舌は重要な役割を果たしています。咀嚼することによって食塊を形成し、形成された食塊を咽頭に送り込みますが、この時の口蓋への舌の接触圧が加齢に伴って変わるようです。高齢有歯顎者では加齢による種々の変化に対して、口蓋の一部を除いた広範囲での舌による接触時間を延長させて対応することで、食塊形成に必要な仕事を補っているそうです1)。すなわち、高齢者のほうが、咀嚼時に効率よく食塊形成するために舌を口蓋に長く押し付けているのです。また、咀嚼中の食物通過の際に頸部回旋した状態で、その流れを経鼻内視鏡によって観察したところ、食塊は喉頭蓋谷までは回旋側により多く送り込まれて、その後喉頭蓋基部で方向を変え、反対側の下咽頭へと流入してゆく傾向にあるようです。頸部回旋の角度を最大にしても食物の通過経路に大きな差がないことも分かったとあります2)。

 

例えば、頸部を後屈した状態で咀嚼すると、前頸筋は緊張して顎は自然に開咬状態となります。口腔内では、舌と口蓋との距離が遠ざかり口蓋との接触が困難になるため、食塊形成および食塊移送が不十分となります。そのため、食塊の保持不足や早期流入によって、むせや誤嚥を起こしやすくなると考えられるのです。このように頸部の角度変化は、水平方向への回旋だけでなく垂直方向への角度の変化もまた食塊形成・移送に影響するのです。また、姿勢代償法としてよく頸部回旋させることがありますが、上記の報告によると、最大回旋位まで行わなくともよいことになります。このように、咀嚼中は、頸部の角度変化によって食塊移送に影響するため臨床の場で注意深く対応してみて下さい。

 

参考文献:

1)内藤善仁、成田達哉、塩田洋平、近藤雄学、福本宗子、竹内 健、由木 智、
祇園白信仁:若年有歯顎者と高齢有歯顎者における咀嚼時舌接触圧の比較,
老年歯学 26(2):69-77,2011.

2)脇本仁奈、松尾浩一郎、河瀬聡一朗、隅田佐知、植松紳一郎、藤井 航、馬場 尊、
小笠原 正:頸部回旋の角度変化が咀嚼中の食塊通過経路に及ぼす影響,
老年歯学 26(1):3-11,2011.

 

国立病院機構千葉東病院 歯科医長

大塚 義顕