日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

嚥下と呼吸と発声の関係(2009/10)

嚥下と呼吸、そして発声(語)は、喉頭でクロスする。そこでこれらに順位をつけなさいと言われたならば、皆さんはどうなさいますか?
自分は、食べることが好きだから、嚥下が一番という人もあろうし、呼吸が止まれば生きてゆけないのであるから呼吸が一番という人もあろう。中にはお喋りしているのが最も楽しいという人もいるかもしれない。となると、この3つの機能に順位をつけることの意味はどれほどのことがあるであろうかと、設問自体に疑義を唱える人もあろう。しかし、もう少し脳の機能から眺めてみると、それはそれで面白い事実がある。
まず胎生期における発達をみると、嚥下運動は胎生10~12週で発現するのに対して、呼吸運動は胎生22~24週で発現するとされる。つまり、嚥下運動が先である。ところが、呼吸は、昼夜を分かたず一生働くのに対して、嚥下は、三度の食事の時と限られた時間に働くのみである。つまり、働く時間からすれば、呼吸に軍配が上がる。所が、物を飲み込む最中に呼吸をしている人はいないのであって、嚥下に際して呼吸は止まる。即ち、呼吸より嚥下に優先権が与えられている。 喉に異物がつまった緊急時には嚥下を優先して気道を確保しようとするためである(角 忠明)とされる。ところが、声を発する時には、嚥下は抑制される。喋りながら嚥下はできない。発声は呼気の特殊型ではあるが、高度に組織化された機能である。このように、呼吸に対して嚥下は優先し、嚥下よりも発声は優先するのである。
これらを脳機能に照らして眺めてみると、発声(話)は、大脳皮質に大きな機能的な中心があって、錐体外路や小脳、脳幹機能がこれを支える。嚥下機能は、大脳皮質、補足運動野、辺縁系(前島回)、脳幹に広く中枢があって、小脳、視床がこれを支持する(湯浅龍彦ら)。そして、呼吸は、脳幹における反射機能に大きなウエイトがあって、これを大脳皮質、辺縁系、視床などが制御する。つまり、最も高度に発達し組織化された機能が発声(発語)であり、嚥下がそれに次ぐ。そして呼吸は、脳幹の反射機能による自動運動である。
この様に、発声、嚥下、呼吸はそれぞれ個体の生存に重要な機能であり、順位をつけること自体は確かにナンセンスなことではあった。しかし、今回のクイズを通して、脳の機能がより高度に発達する過程と、それを支える中枢の高度なネットワークを幾分なりともイメージできたのであれば幸いである。

 

角 忠明:神経進歩 30:251-261,1986. 湯浅龍彦ら:神経内科58:97,2003

鎌ヶ谷総合病院

千葉神経難病医療センター・難病脳内科

湯浅 龍彦