日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

神経変性疾患の嚥下障害におけるACE阻害薬(2022/08)

神経変性疾患の嚥下障害は、予後に直結する肺炎、窒息、栄養障害の原因となるため、早期発見と対策が必要です。この対策のうち薬物治療に関しては、パーキンソン病の早期~中期において、抗パーキンソン病薬の一部が有効と報告されていますが1),2)、その他の疾患についての報告は少ない状況です。
脳卒中後の嚥下障害に、降圧薬であるアンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬が(誤嚥性)肺炎予防に有効で3)、少数例(10例)ですが嚥下造影所見を改善することが報告されています4)。ACEはサブスタンスPの代謝も促進することが知られており、その阻害薬はサブスタンスPを増加させます。サブスタンスP増加は咽喉頭粘膜の感覚を鋭敏化し、嚥下反射を促進することによって、嚥下機能を改善するとされています。しかし、このACE阻害薬が神経変性疾患において嚥下機能を改善するかは不明です。
脊髄小脳失調症6型(SCA6)は常染色体性顕性(優性)の遺伝性脊髄小脳変性症のうち本邦において最も多いものの一つで、特に関西地区では多く、家族歴が無くても遺伝子変異が見つかることがしばしばあります。一般的には50歳以降発症であり、緩徐進行性で予後は良いとされていましたが、一部の患者さんで嚥下障害が強く(12例中4例)、誤嚥をされている方もいました(14例中2例)5)。胃瘻増設が必要なこともあります。
私たちは、嚥下造影検査にて嚥下障害が証明されたSCA6の患者さん1例で、軽症の高血圧を合併していたので、ACE阻害薬のイミダプリル塩酸塩(2.5mg/日)を使用しました6)。投与前には喉頭蓋の反転(翻転)不良や誤嚥がありましたが、投与後は反転不良が改善し、誤嚥も一時的でしたが、消失しました。血圧も低下傾向にありました。
まだ1例の報告ではありますが、高血圧の合併している神経変性疾患へのACE阻害薬投与について、嚥下機能検査の蓄積が必要と思われました。

文献
1) Hirano M, et al. Effects of the rotigotine transdermal patch versus oral levodopa on swallowing in patients with Parkinson’s disease. J Neurol Sci. 2019;404:5-10.
2) Hirano M, et, al. Rasagiline monotherapy improves swallowing in patients with Parkinson’s disease. Parkinsonism Relat Disord. 2020;78:98-99.
3) Shinohara, Y, et al. Post-stroke pneumonia prevention by angiotensin-converting enzyme inhibitors: results of a meta-analysis of five studies in Asians. Adv Ther. 2012;29:900-912.
4) Shimizu T, et, al. ACE inhibitor and swallowing difficulties in stroke. A preliminary study. J Neurol. 2008;255:288-289.
5) Isono C et, al. Progression of Dysphagia in Spinocerebellar Ataxia Type 6. Dysphagia. 2017;32:420-426.
6) 磯野 千春ら. Imidapril hydrochlorideにより嚥下機能が改善した脊髄小脳失調症6型の1例.神経治療2020 ;37 5 :763-768.

近畿大学脳神経内科 平野牧人