日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

認知症とエネルギーに関する一考察(2021/06)

 

アルツハイマー病、前頭側頭葉変性症、レビー小体型認知症は、まったく異なる疾患のようですが、各疾患には、(1) 加齢に伴い発症頻度が増加する、(2) 発症前に前駆期がある、(3) 病的タンパク質が蓄積するといった共通の特徴があります。しかし、何故共通する特徴があるのかは不明です。私達は、安静時機能的MRIを用いた脳の回路解析を通じて、脳の複数の回路をつなぐハブ領域の障害が発症の共通基盤であることを見出しました1-6)。脳ハブ領域には多くのシナプスが存在し、多量のエネルギーを必要とします。この領域は、ATP関連遺伝子発現が豊富であり、糖代謝PETでも高い活動性を示します。一方、アルツハイマー病の最初期病変である嗅内皮質に目を向けますと、この領域は脳深部に存在しますが、複数の異なる大脳皮質連合野(脳ハブ相当)から入力があり、海馬に情報提供するとともに、海馬情報を連合野に戻しています。また内側嗅内野には、自分の空間的位置を把握する働きを持つグリッド細胞が存在しており、脳ハブ領域と同様に非常に多くのエネルギーを必要としていると考えられています。このように見てくると、認知症の好発部位はエネルギー危機に晒されていると言えるかもしれません。興味深いことに、ATP産生の中心であるミトコンドリアの数や機能は10歳毎に約8%低下し7)、認知症では共通して、多量のATPを必要とするユビキチン・プロテアソーム系ならびにオートファジー・リソソーム系の異常を認めます。ATPの材料である脂質や糖関連の異常も発症の危険因子です。もし、エネルギーの需要と供給のバランス破綻が病的タンパク質の蓄積を起こし、認知症の発症に重要な役割を果たすと考えるならば、なぜ異なる認知症で共通の特徴があるのかという疑問への答えになるのではと思っています。また、脳ハブ領域は、その下流に当たる運動、聴覚、視覚などの機能低下が起きた時に活動が上がる特性もあるため、なぜ、運動量の低下や難聴などが認知症に関連するかとの疑問にも示唆を与えてくれます。発症前に体重が減る謎や、感染症罹患後に急激に重症度が上がる謎なども解けるかもしれません。現在、私達は、持続可能なATP供給を目指す薬剤開発や、脳ハブへの負担を減らす手法の開発に興味を持っています。もちろん、良き摂食、嚥下、栄養が認知症予防にいかに大切であるのかもあらためて感じている次第です。

1) Bagarinao E, Watanabe H, et al. Front Aging Neurosci. 2020;12:592469.
2) Bagarinao E, Watanabe H, et al. Neuroimage. 2020;222:117241.
3) Bagarinao E, Watanabe H, et al. Sci Rep. 2019;9(1):11352.
4) Ogura A, Watanabe H, et al. EBioMedicine. 2019;47:506
5) Yokoi T, Watanabe H, et al. Front Aging Neurosci. 2018;10:304.
6) Imai K, Masuda M, Watanabe H, et al. Ann Clin Transl Neurol. 2020;7:2115
7) Tomasi D, et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2013;110:13642

藤田医科大学 脳神経内科

渡辺 宏久