日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

食から見えてくる脳とこころのメカニズム(2017/11)

こころが何かという問いかけはながーい歴史の中で模索されてきた。現在、脳研究は2つの方向に向かっている。一つは、分子レベルでの研究であり、他は、脳ネットワーク論によるものである。そしてこころとは何かとの問いかけは、後者、即ちネットワーク論の中に回答が見える。
ここでは、誰しもが関心の深い「食べる」を主題にしながら脳の姿をネットワークの繋がりの中に辿る。脳はいわば大きな制御装置である。食物を消費して、子孫を残し、脳の中に記憶を蓄えて歴史、文化を後世に伝える。生物の目的はせんじ詰めればそうした所にある。その際、エネルギー代謝の最も中心的な働きが食行動である。食行動は個体維持・生存の為の第一歩である。それに対して、性行動は種族保存の為の仕組みである。
私は、ここ数年間何かにつけてこころを論じて来たが、こころの核心をおよそ3つに分類する。即ち、(1)感覚・認知・知覚、(2)意識・注意・自我、記憶、(3)情動・魂である。生命体は生存の為に様々な行動・運動を企図するが、そうした運動を制御するのは、精緻な感覚情報である。5感と称される感覚情報が重要である。新たな感覚情報を正しく認識する行為を認知と称する。そして、過去の記憶・経験に照らして新たな事態に名前と意義を付与する行為を知覚と称する。正確な判断には古い記憶がまた重要意である。意識と注意は物事の表裏である。これらは互いに依存する。意識と注意のバランスの中にてそれを操る自我があって、自己の内側意識の中に自我の座がある。そして生きる情熱を支えるのが情動であり、生きようとする意欲が魂である。意欲はエネルギーであっ、形は呈さない。
そこで食に於いて最初にそして最も重要な機能は、味覚である。味覚の経路にこころの働きを支える機能が埋め込まれている。つまり味覚経路こそは生きる経路である。即ち、本経路に沿って存在する、前島回(AIC)、眼窩前頭回(OFC)、そして前帯状回(ACC)に、こころの中心的働きが存在する。自我はAICの働きによって支えられ、食の喜び・生きる歓びは、OFCの重要な働きである。ACCは食べよう、食べたいという食行動の最初を規定する。このように食に関わる脳のネットワークの中に正しく生きる仕組みが埋め込まれているのである。かくしてこの経路にこそ、こころの重要な働きを支える中心となって働く姿が見えるのである。
こうした脳の働きの考察から見えてくる結論は、(1)そもそも脳の働きは感覚系優位に出来上がっている。(2)鋭敏で優秀で優雅な味覚があってこそ生が保証される。(3)脳はネットワークで繋がって行くので、どこが優位ということではない。しかし食と味覚に於いては前島回の位置は極めて重要である。味覚のみならずこころのHubを形成するからである。(4)味覚はそれ以外の嗅覚、視覚、触覚を含めた感覚とシンフオニアを織りなす。(5)味覚のシンフオニアは、歓びをもたらし、食はこころの中枢を形成する。(6)よい食欲はよい夢である。
この様に食そのものが、正に脳とこころの中心課題であること、そして、食を通して脳やこころが育てられること。更に言えば、食がもつ本当の意義と、食から学ぶ脳の機能やこころの仕組みは脳とこころの研究の本丸であるということである。こうした新たな視点に立った脳の仕組みの理解が人のこころの仕組みの理解に役立つ時代が目前に迫っている。こうした動きは、様々な疾患の捉え方、疾患の理解の仕方にも大きな変化をもたらすに違いない。脳疾患を一つのシステムで考える時代は終わり、脳を大小のネットワークシステムの組み合わせ(多様性)の中で俯瞰して、疾患の在り方もネットワークシステムの不調(病)として、即ち、欠落症状と代償不全の徴候の組み合わせとして理解する時代が目前に迫っているということである。そこには、自ら治療体系も変わるということである。

[第13回 日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会 学術集会 東京大会(平成29年10月22日)セミナー抄録から]

鎌ヶ谷総合病院神経内科千葉神経難病医療センター長

湯浅龍彦