呼気筋力強化訓練（EMST）の現況と臨床的意義(2025/12)
EMST（Expiratory Muscle Strength Training）は，呼気に抵抗を加える弁付きデバイスを使用して，呼気筋と嚥下関連筋を強化するリハビリテーション手法です．最大呼気圧（MEP）の 70～75％を負荷として，1日25回，週5日，4〜8週間実施するプロトコルが一般的に用いられています．腹筋群・呼気筋群だけでなく舌骨上筋群にも高い負荷がかかるため，舌骨の前上方移動や喉頭挙上が促され，輪状咽頭筋の開大が改善することで嚥下安全性の向上につながるとされています．脳磁図を用いた研究では，EMSTは中枢可塑性よりも末梢筋強化が主な作用であることが示されており(1)，呼吸・嚥下・咳嗽に横断的な効果をもたらすと考えられています．
パーキンソン病では，エビデンスが蓄積しつつあります．Trocheらのランダム化比較試験（RCT）では，4週間のEMSTによって誤嚥や喉頭侵入を示すスコアが有意に改善するとしているほか (2)，ClausらのRCTではEMST終了後も効果が3カ月持続することが示されています(1)．SDQやEAT-10といった質問紙でも改善がみられ，患者さんが感じる嚥下困難感の軽減も示唆されています．また，EMSTはLSVT LOUD®と比較して嚥下運動への寄与が大きいため，併用が望ましいとされています(3)．
ALSでは，12週間の呼吸筋トレーニングがMEPおよび咳嗽時最大吸気流量を改善し，ALSFRS-Rの球麻痺項目の進行抑制にも寄与したと報告されています(4)．一方で努力肺活量（FVC）は改善しないため，呼吸筋トレーニングは咳嗽能力および球麻痺症状の支持療法として位置付けられます．早期の症例（FVC 60％以上）が適応として望ましいとされています(4)．
近年のネットワークメタ解析では，EMSTと従来型嚥下訓練の併用が嚥下機能と誤嚥リスクを大きく改善することが示され，Shaker法や顎引き運動（CTAR）と補完的に作用することが指摘されています(5)．また，モバイルヘルスを活用した在宅訓練がアドヒアランス向上に寄与する可能性も示されています(6)．
実臨床では，EMSTデバイスを初回から問題なく使用できる患者さんは少なく，ティッシュ吹きや巻き笛などの基礎訓練を段階的に導入する必要があります．残念なことに，長く使用されてきたデバイス（スレショルドPEP）がこのところ入手困難となっていますが，一方で新たなデバイス（ドフィンなど）も発売されています．EMSTは安全性が高く，比較的短期間で効果が得られる有望な介入です．今後は嚥下生理学的評価の標準化と長期転帰の検証が求められます．
参考文献
- 1.Claus I, Muhle P, Czechowski J, Ahring S, Labeit B, Suntrup-Krueger S, et al. Expiratory Muscle Strength Training for Therapy of Pharyngeal Dysphagia in Parkinson’s Disease. Mov Disord. 2021 Aug 1;36(8):1815–24
- 2.Troche MS, Okun MS, Rosenbek JC, Musson N, Fernandez HH, Rodriguez R, et al. Aspiration and swallowing in Parkinson disease and rehabilitation with EMST: A randomized trial. Neurology. 2010 Nov 23;75(21):1912–9.
- 3.Saleem S, Miles A, Allen J. Effects of LSVT LOUD and EMST in individuals with Parkinson’s disease: A two arm non-randomized clinical trial. Int J Speech Lang Pathol. 2025 Feb 3;1–15.
- 4.Plowman EK, Gray LT, Chapin J, Anderson A, Vasilopoulos T, Gooch C, et al. Respiratory strength training in amyotrophic lateral sclerosis: A double-blind, randomized, multicenter, sham-controlled trial: A double-blind, randomized, multicenter, sham-controlled trial. Neurology. 2023 Apr 11;100(15):e1634–42.
- 5.Lee C-L, Banda KJ, Chu Y-H, Liu D, Lee C-K, Sung C-M, et al. Efficacy of swallowing rehabilitative therapies for adults with dysphagia: a network meta-analysis of randomized controlled trials. GeroScience. 2025 Apr;47(2):2047–65.
- 6.Srp M, Ferro ÁS, Ferreira J, Cacho R, Antunes L, Bouça-Machado R, et al. mHealth-assisted expiratory muscle strength training in Parkinson’s disease patients: A proof-of-concept study. J Parkinsons Dis. 2024 Nov;14(8):1623–30
