日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

咬合力と食事(2013/09)

咀嚼運動は,閉口筋と呼ばれる3種の筋肉(咬筋,内側翼突筋,側頭筋)によって下顎骨を運動させて行われます.下顎と舌の複合体は大変重いため,重力の効果によって,開口する(下顎を下げる)運動は容易にできるため,開口運動は小さな筋肉で行えます.すなわち,咀嚼運動は,「閉口筋による下顎を持ち上げて噛む力仕事」と言えます.

 

噛む力は,最大努力で噛んだ時に,上下第1大臼歯の位置で体重程度の強さになるとされています.一般的に,日常生活で使う筋力は最大に出せる筋力の20-35%程度であり,この程度では筋力は増減せず維持されるだけです.最大筋力の35-50%程度使うと,使った筋力に応じて筋力は増強されますが,70%以上では持続運動ができないためにむしろ筋力は増強されません.一方,20%以下の筋力では,廃用化によって筋力は減少するとされています.一般的に,筋肉を使わせないで安静状態で経過すると,筋力低下は、1週目で20%,2週目で40%,3週目で60%にも及ぶとされ,回復には長期間要するとされています.

 

咀嚼機能に問題が生じたために,その段階での最大咬合力の20%以下で処理できるようなほとんど咀嚼が不要な軟らかい食品であると,咬合力は早期に低下し,一層咀嚼の不要な食品しか摂取できなくなる悪循環に陥り,その回復は期待できなくなります.では,その予防として,食事すべてを固い食物にした場合,70%以上の強い咬合力を要する硬い食品であると持続的な咀嚼運動ができず,筋力の維持には向きません.また,食事内容を調整せず,「一口30回噛みましょう」という歯科医師会主催の講演会などで言われるようなことを行おうとしても,ほとんど継続して実行することはできません.それは,咀嚼運動が,口腔内の食物の物性や量に応じて,「必要最小の努力で最大効果を得よう」とする運動であるためです.

 

したがって,咀嚼機能に重度の問題が生じていない段階で,現在食べている食事に,少しだけ頑張る(35-50%の咬合力で処理できる)物性の食事を,ひと品程度加えることによって疲労を惹起せず,廃用化も防止することが重要であると言えます.

 

大阪大学大学院歯学研究科

(一社 TOUCH) 舘村 卓