神経筋疾患の診療ガイドラインにおける誤嚥防止手術の記載について(2025/05)
近年、神経筋疾患による重度嚥下障害への対症療法として、誤嚥防止手術は脳神経内科医に認知されつつありますが、診療ガイドラインにおける記載が貢献するところが大きいです。
最初に誤嚥防止手術について記載された診療ガイドラインは「パーキンソン病診療ガイドライン2018」であり、Q&A2-8「終末期を踏まえた医療およびケアはどうあるべきか」において、「胃瘻であるが~(中略)~栄養が改善して運動状態やQOLが改善することもまれではない。声門閉鎖術による嚥下機能改善でも同様な効果が得られる例がある。」と記載されました。また同時期に発表された「脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018」のClinical Question(CQ)6-23「誤嚥性肺炎の予防にはどのような方法があるか」においても、「著明な誤嚥、喀痰、反復性の誤嚥性肺炎を発症する症例では、喉頭摘出術、喉頭気管分離術、気管食道吻合術などの誤嚥防止術を選択する場合がある。重度の誤嚥があっても誤嚥性肺炎により誤嚥が消失し、経口摂取が継続できる場合がある」と記載されています。さらに、2023年に発表された「筋萎縮性側索硬化症(ALS)診療ガイドライン2023」では一項目が誤嚥防止手術に充てられています。Q&A6-8「誤嚥防止手術の適応・方法・合併症は何か」では、「誤嚥防止手術は、誤嚥性肺炎の反復があるか、またはその危険性が高い場合、嚥下機能の回復が期待できない場合、音声言語でのコミュニケーション困難で回復の見込みがない場合に適応となる。誤嚥防止手術には複数の術式があり、喉頭全摘術、喉頭閉鎖術。気管食道吻合術、喉頭気管分離術などが代表的である」などと詳細に記載され、合併症や術後の注意事項なども解説されています。同ガイドラインでは本学会代表理事の野﨑先生と理事の藤本先生も研究協力者として名を連ねています。
一方、「デュシェンヌ型筋ジストロフィー診療ガイドライン2014」や「筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン2020」では、気管切開による人工呼吸器管理が扱われているものの誤嚥防止手術に関する記載がありません。呼吸不全で気管切開を行う筋ジストロフィー患者は嚥下障害も重度であることが多く、誤嚥防止手術を行うことにより患者さんのQOLを高められる可能性があります。しかし、特にデュシェンヌ型筋ジストロフィーでは気管切開を行うほど進行した時期には心不全を合併していることも少なくなく、一般の病院では術後管理が難しいかもしれません。また気管切開をしていても辛うじて発声がある場合に誤嚥防止手術を受け入れ難いと考えられます。筋ジストロフィーにおける誤嚥防止手術についてはさらなるエビデンスの蓄積が必要と考えられます。
誤嚥防止手術は誤嚥による肺炎や窒息を予防し、吸引も著しく減り、状態によっては経口摂取も再開できるなど、病気の進行した患者さんにとって有益な治療ですが、永久気管孔を必要とし、発声機能が失われるといった問題点もあり、将来、神経筋疾患の根治的な治療が開発されれば役割を終えることになるでしょう。その日が来るまで、手術を担当する耳鼻咽喉科・頭頸部外科医としては様々な状況の患者さんに対応できるよう、技術や経験値を高めていきたいと思います。
国立国際医療研究センター病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科/音声・嚥下センター
二藤隆春