日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

コロナ禍における気管切開(2021/02)

新型コロナウイルス感染症の蔓延はまだまだ油断ができない。食事場面が感染と関連が深いために、まさに嚥下障碍患者および嚥下障碍と関わる全ての職種、家族が大きな影響を受けている。
一般に重症呼吸不全で呼吸管理が長期になる場合には気管切開が必要とされるが、気管切開術の手技、術後管理、看護場面の多くはエアロゾルが発生する手技(Aerosol Generation Procedure:AGP)を伴うのである。新型コロナウイルス感染症患者においては気管切開を忌避する動きすらみられたが、必要な患者には行わざるをえない。
日本耳鼻咽喉科学会からは昨年4月に気管切開の対応ガイド[1]が提案され、日本嚥下医学会からも「新型コロナウイルス感染症流行期における嚥下障害診療指針」のなかで気管切開後の管理[2][3]も言及された。気管切開中のAGPを完全に避けるための手順が紹介されている。しかし、実際に行ってみると、もしも手順を間違えれば術者自らが感染する危険性が高いこと、感染予防のための装備(気密性の高い特殊なマスク、防止など最高レベルの防御)などから術者・助手、麻酔科医らのうける心理的ストレスが非常に高いことがわかった[4]。また、経験のある術者がのぞましいとされる一方で、経験のある“比較的高齢の”術者は感染後の重症化リスクが高い。
練習で出来ないことは本番でも出来ない。また、感染蔓延地域・時期では気管切開前のPCRで陰性が確認されていても偽陰性のリスクがある。そのため、我々は若手も含めて日常の気管切開においてもAGPを避けた手順を徹底した。半年を経過して、術者・助手を経験した15名にアンケート調査を行ったところ、 “陰性とわかっていても”、手順変更によって通常よりストレスを感じていたが、麻酔科・看護師を含めて感染予防への意識と理解の深まりもあきらかとなった。
筆者もすでに新型コロナウイルス感染症患者における気管切開を数例経験したが、手順はすでにチーム内で徹底され、ルーチン化された。全国調査も行われたが、幸い、気管切開にともなう医療者の感染は報告されていない。
日常診療においても標準防護策の徹底がなされてきた。一方で、慣れ、が生じていることも危惧される。かつてMRSAが蔓延したころ、感染対策徹底によって感染数を激減させたのに、油断が再燃を呼んだ事例があった。まだまだ気を引き締めて、日常診療に当たる必要がある。

[1] 日本耳鼻咽喉科学会 「気管切開」の対応ガイド 2020年6月16日改定 第二版
[2] 日本嚥下医学会 新型コロナウイルス感染症流行期における嚥下障害診療指針 各論:気管切開孔管理 2020年4月14日 https://www.ssdj.jp/uploads/ck/admin/files/topics/202004/006_kikan.pdf
[3] Yurika kimura, Rumi Ueha, Tatsuya Furukawa, et al; Society of swallowing and dysphagia of japan: Position statement on dysphagia management during the COVID-19 outbreak. Auris Nasus Larynx. 2020 Oct; 47(5): 715-726.
[4] Mariko Hiramatsu, Naoki Nishio, Masayuki Ozaki, et al: Anesthetic and surgical management of tracheostomy in a patient with COVID-19. Auris Nasus Larynx. 2020 Jun; 47(3): 472-476.

愛知医科大学医学部耳鼻咽喉科 藤本保志