日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

ネアンデルタール人と現代人では脳エネルギー代謝が大きく異なる(2023/02)

人類進化研究の第一人者で、2022年にノーベル生理学・医学賞を受賞されたスバンテ・ペーボ先生が最近報告されている、ネアンデルタール人と現代人におけるプリンヌクレオチド合成系の相違について御紹介します。

プリンヌクレオチドの合成には、ペントースリン酸経路から提供されるリボース-5-リン酸 (R5P) を材料として生合成する “de novo” 合成経路と、塩基やヌクレオシドを材料としてヌクレオチドを再合成する “サルベージ” 合成経路の2種類があります。 ペーボ先生のグループは、de novo合成経路の中で、イノシン酸 (IMP) およびアデニル酸 (AMP) の合成に関わるアデニロコハク酸リアーゼ (ADSL) 遺伝子が現代人では、ネアンデルタール人、霊長類、齧歯類などと異なっている (V429A) ことを発見し、その変異がIMPとAMPの産生低下に繋がることを示しました1)。併せて、現代人の脳では、霊長類に比して、IMPの塩基であり、サルベージ合成経路の中心物質ヒポキサンチンが上昇することも明らかにしました。これらは、プリンヌクレオチドの新規合成低下と再利用増加が現代人の特徴であることを意味します。

一方、R5Pが”de novo”合成経路と”糖新生”のいずれに用いられるのかを調節するトランスケトラーゼと密接に関連するtransketolase-like-1  (TKTL1) も、現代人とネアンデルタール人で異なる遺伝子の 1 つです。TKTL1は脂質代謝にも関わり、幹細胞radial glia の中でもbasal radial glia (bRG) に多く発現しています。ペーボ先生のチームは、1) 新人型 TKTL1(hTKTL1) と旧人型 TKTL1 (a TKTL1) をマウスの前頭葉に導入すると、hTKTL1 のみbRG 数が増え、bRG を起点に多くの神経細胞が生産されること、2) フェレットを用いた同様の実験では、bRG 数の増加、新皮質上層部の神経細胞数増加、脳回路の形態変化が起こること、3)ヒト脳オルガノイドをaTKTL1 に置き換えると、bRG と神経の増殖が低下すること、4) 脂肪代謝経路の TKTL1 がbRG 数増加と関連し、hTKTL1 はより多くのアセチル CoA を合成することを明らかにしました 2)

これらの結果は、なぜ現代人は長寿で、大脳皮質が発達しているのかという問いにヒントを与え、高齢で発症し、大脳皮質の萎縮を特徴とする神経変性疾患の理解を深める上で重要な視点を提供していると思っています。

1) Elife. 2021 ;10:e58741

2) Science. 2022 ;377:eabl6422

JSDNNM図 コラム2月号 渡辺先生

 

 

藤田医科大学 脳神経内科

渡辺 宏久