日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

偽性球麻痺の診断方法(2024/03)

延髄の運動神経諸核の上位運動ニューロンが障害されることで,延髄の障害による球麻痺と似た症候を示すものを偽性球麻痺(pseudobulbar palsy)と言います.以前は仮性球麻痺と記載されていましたが,pseudoは「似て非なるもの」を意味するので日本神経学会では偽性球麻痺と称することを推奨しています.嚥下障害の診断や治療に携わる医療従事者なら,偽性球麻痺の患者さんを診たことがあるでしょうが,その診断はどのようにしていますでしょうか?
偽性球麻痺の神経所見として成書に記載されているものは,下顎反射亢進,軟口蓋反射消失,咽頭反射亢進,四肢腱反射亢進,バビンスキー徴候陽性などがあります.これらの所見は重要ですが,それぞれ問題があります.下顎反射や咽頭反射は健常人でも反応が様々であり,亢進しているかの判定に迷います.軟口蓋反射や咽頭反射は刺激の加減が難しく,強く刺激すると催吐反射を起こしてしまい,これらの反射の観察が出来ません.四肢腱反射亢進やバビンスキー徴候は皮質脊髄路の障害を反映しており,皮質延髄路の障害を示しているわけではありません.
そのなかで私たちが大切にしている所見はspeech-swallow dissociation (SSD) in velopharyngeal closureです.これは鼻咽腔閉鎖(口蓋帆・咽頭閉鎖)が発声時は不良だが,嚥下時は良好である所見です1-5).この所見の解離は発声と嚥下における神経経路の違いで説明できます.つまり,大脳からの神経経路(上位運動ニューロン)が障害されると発声が障害されるが,嚥下は延髄のcentral pattern generatorからの入力があるので保たれるとの考え方です.言わば一種のautomatic-voluntary dissociationと言えるでしょう.私たちの筋萎縮性側索硬化症の患者さん50名の検討では,18名が鼻咽腔閉鎖においてSSDを示しました.そしてSSDとバビンスキー徴候(皮質脊髄路障害)は相関していませんでしたが,SSDと感情失禁(皮質延髄路障害)に強い相関を認めました4)
SSDは喉頭内視鏡でないと確認できない所見ですが,血液検査や画像検査で異常がなく,嚥下障害の病巣レベルの診断に難渋する際にご確認ください.

文献:

1)   藤島一郎.ワークショップII.座長記.嚥下障害と構音障害―病巣部位と経過―.    高次脳機能研究 2010; 30: 404-6.
2)  谷口洋,他.検査からみる神経疾患.嚥下内視鏡検査.Clinical Neuroscience 2019; 37: 483-5.
3)  谷口洋,他.私の治療方針.球症状を呈し,重症筋無力症と筋萎縮性側索硬化症の鑑別を要した76歳女性例.嚥下医学 2021; 10: 53-61.
4)  Yaguchi H, et al. Fiberoptic laryngoscopic neurological examination of            amyotrophic lateral sclerosis patients with bulbar symptoms. J Neurol Sci 2022; 440: 120325.
5)  Miyagawa S, et al. Speech-swallow dissociation of velopharyngeal incompetence with pseudobulbar palsy: evaluation by high-resolution manometry. Dysphagia 2024. Doi: 10.1007/s00455-024-10687-1. [Online ahead of print]

東京慈恵会医科大学附属柏病院 脳神経内科 谷口 洋