日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

啜って食べること(2023/07)

日本では、そば、ラーメン、うどんなどの麺類をすすって食べる習慣があります。「啜る(すする)」ことによって、味覚だけでなく、嗅覚や触覚等も使って麺類をよりおいしく味わえるという要素があります。麺をすする際に音を立てることも一般的です。一方、東アジア〜東南アジアでも麺類は頻繁に提供されるものですが、すすって食することはないようです。欧米では「すする」という行為自体がマナー違反とされており、もともと「すする」食べ方は欧米の慣習にはないのですが、彼らはマナー違反だからすすらないだけでなく、単に「すする」ことができないのも理由と聞いています。「すする」という食べ方は、日本独自のものと言ってよいのかもしれません。

嚥下障害をともなう神経筋疾患の患者さんや嚥下能力の低下している高齢者にとって「すする」という食べ方はかなり危険です。「すする」という動作は、「空気と共に吸い込んだ液体や食べ物を口腔内にとどめつつ、空気だけを気管に送り込む」ことです。すする時は「息を吸う状態」であり、喉頭蓋が開いているところに嚥下するため、誤嚥しやすい状態になります。嚥下能力が未発達あるいは低下しているケースでは、より誤嚥しやすいのは想像に難くないでしょう。嚥下に関与する職種の人なら、神経筋疾患の患者さんや医療機関・介護施設のスタッフから、「そばを食べていてむせた後から呼吸がおかしくなった」、「スープを飲んでいると咳き込んでしばらくしてから発熱した」、などといった誤嚥エピソードを一度は聞いたことがあるかと思います。誤嚥するリスクが高いとわかっているのに無理にすすって食べなくてもいいのでは、と多くの人が考えるかもしれませんが、上記の通り「すする」という食べ方は、日本人にとって切っても切れない文化とも言えるものです。麺類をすすって食べたいという患者さんや高齢者の希望はありますが、今のところ良い解決策は見いだされていません。食べやすいように麺を短く切っておくなどの工夫はありますが、希望されている「すする」には程遠いように感じます。食事の際に「誤嚥するから、音をたててすすらないでね」と言われると大半の方は控えるでしょうが、「思いっきり音を立ててすすりたい」という願望が残っている人も多いのではないかと思います。若くて健常だがすするという習慣がなかったためすすることができないといった人に対する訓練方法があるようですが、まだ科学的根拠も少なく、広く普及したものではないようです。当然嚥下能力が低下した患者さんなどを対象にするには時期尚早と考えられます。「すする」という食べ方を身につけられる、あるいは再習得できるような訓練方法等があれば一定の需要はあると思われます。私も含め日本人としていま一度「すする」という食べ方に目を向けてみるとよいと感じています。

近畿大学病院脳神経内科  寒川 真