日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

筋肉がなかったらどんなことで困りますか?(2010/04)

 大学の医学部や看護学校で筋疾患について講義を頼まれることが多い。 型どおりの講義をしても面白くないので、「筋肉がないとどんなことで困る?」と質問してみる。手足が動かない、歩けない、階段が登れないなど移動に関することを答える学生が多い。字が書けないなど上肢機能に関する答もある。話せない、飲み込めないなど口腔咽頭機能、呼吸できないなど呼吸筋に関することなど生命を維持できないというところまで思いが至ればかなり上出来である。しかし、体がひえる、ふとりやすいなど代謝面の機能に関する問題をあげる学生はまずいない。
 基礎代謝の40%は骨格筋によるものであり、肝腎で30%、脳で20%、心で10%といわれているから、筋は運動をしていなくても最大のエネルギー産生・消費器官である。運動すればなおのことであり、瞬発的な運動であれば解糖系、持続的運動であれば酸化的リン酸化によるエネルギー代謝が行われる。筋肉の量が少ないと手足がなかなかあたたまらない。歩行不能になった筋ジストロフィー患者の大動脈径は腎動脈分岐以下で色鉛筆と同じくらいの太さであるといったら多くの人は驚くであろうか。
 また筋には大量のたんぱく質が含まれており、食品としても動物性蛋白質の供給源となっている。多くの臓器は飢餓状態ではケトン体をエネルギー源として利用できるが、脳はエネルギー源としてブドウ糖を必要とする。飢餓状態ではまず肝臓のグリコーゲンが分解されブドウ糖を産生するが、これが枯渇すると、筋に含まれるたんぱく質を分解してブドウ糖を産生する。実は筋ジストロフィーなど骨格筋が著しく減少する疾患ではこのような代償が十分行われず、飢餓時に通常とことなる代謝状態となるようである。
 生体において筋が果たす役割は収縮弛緩に関するもの以外にもいろいろあることがわかっていただけると思う。十分解明されていないことも多いので今後の研究が必要である。

 

独立行政法人国立病院機構東埼玉病院

川井充