日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

誤嚥防止手術症例の全身状態(2016/05)

誤嚥防止手術の有用性は施行経験の多い施設では以前から実感されてきており、手術手技そのものは難しくはない。ところが神経内科医から、あるいは患者・家族からは“どこの病院に依頼したらよいかわからない”との声を聞く事があり、あるいは耳鼻咽喉科医からは“(全身状態が悪すぎて)手術は危険である”とか、“施行したことがない”と敬遠されることがある。実際、当院でも誤嚥防止手術の適応を考慮する患者は全て全身状態不良例であると考えていた。対応方法のない慢性誤嚥、進行性の基礎疾患の存在が前提にあるため、術後管理の問題や合併症リスク、現実的には在院日数などの問題や術後の対応を考えると、特に他院からの依頼では相応の覚悟が必要である。
当院で施行した誤嚥防止手術症例34例の栄養状態や全身状態などをまとめてみた。麻酔施行におけるリスク分類であるASA(米国麻酔学会術前状態分類:表1)ではclass3以上が84%、PS(Performance Status:表2)3以上が82%を占めていた。この術前全身状態では、通常の頭頸部癌の手術や消化器癌であれば手術適応がないかもしれないレベルである。栄養状態の指標であるO-PNI(Onodera-Prognostic Neutritional Index;10xAlb+0.005xリンパ球数)も半数の症例は40未満であった。これは通常の消化管の切除・吻合は避けるべき状態である。幸い、今回の術後合併症等の検討では全身状態不良例であっても安全に手術が完結できていた。 “誤嚥防止手術の侵襲は全身状態不良であっても許容範囲にある”といえたが、8例で局所合併症への対応を要したことから“手術を安全に行うためには手術スキルや術後管理の体制が整っていなければならない”とも考えられた。
また、予後調査の結果を検討すると、術前PS が4の症例では改善が困難(18例中15例は不変)であったが、術前PSが3以下の16例中10例で術後PSが改善していた。ところで2013年にALSのガイドラインに誤嚥防止手術が記載されてから、まだ呼吸機能に余力をのこし、全身状態が保たれた段階での手術依頼がふえてきた。まだ統計学的な検討には至らぬものの、当然、術後管理はより安全であり、術後のPSの改善も得やすい。
適切な予後の予測と患者への説明は誤嚥防止手術施行のタイミングを早める可能性があるが、これは手術の安全性を増し、機能予後を改善させる。今後良い結果が多く示されるようになると、患者・家族側も神経内科医側も誤嚥防止手術を受け入れやすくなり、また、外科側もやりがいを持つことができる。誤嚥防止手術を専門に実施する立場からは、手術可能施設が増加するよう情報発信に努めたい。

誤嚥防止術 表1 2(藤本先生 2015.5)誤嚥防止術 表1 2-2(藤本先生 2015.5)

名古屋大学医学部附属病院耳鼻いんこう科

藤本保志