日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

避難所での食事と食べ方について思う(1) (2011/06-1)

 震災以後,報道番組等で避難所の生活場面を見る機会があります.目を凝らして見ていると,嚥下に関していくつかの望ましくない結果を予測させるような問題が潜んでいることに気づきます.避難所では、床にマット等を敷かれて仰臥されておられる方々も多くみられました.長時間仰臥されていると,下顎は自重によって後退位となり、開口状態となります。すると口腔は乾燥して口腔衛生状態が悪化します.舌は咽頭に沈下して呼吸路は狭窄します。仰臥位によって腹部内臓が上方に流れて広がるために横隔膜も押されて胸郭容積が減少します。その結果,換気量の減少、酸素濃度の低下を来たし、傾眠になる場合もあります.

 睡眠時には、全身の感覚感受性が低下し、咽頭感覚も低下します。唾液は体温と同じ温度なので刺激強度が低いので、気管内に侵入しても検出が困難です。これらの諸々の要素が複合的に影響して,咽頭から気管に流れ込んだ汚れた唾液を喀出することが難しくなり,誤嚥性肺炎のリスクは高くなります.

 震災直後に救援物資として配られた食事の内容は「おにぎり」「菓子パン」であったと聞いています.これらの嚥下には、下顎と舌の3次元運動によって行われる咀嚼運動が必要とされます。この咀嚼運動は仰臥位では困難です。更に義歯を無くされている場合や義歯の適合が悪くなっている場合には咀嚼できないため,丸呑み傾向になります.丸呑みでは咀嚼によって生じる刺激性唾液分泌が生じませんので、唾液による炭水化物の分解が阻害され、食塊の送り込みが妨げられます。さらに,避難所での水分摂取量低下や精神的ストレスが唾液分泌量低下に拍車をかけます。こうして、十分に咀嚼できない状態で,「おにぎり」や「パン」等は,咽頭への送り込みが障害されて窒息のリスクを高めることになります.

 誤嚥性肺炎と咀嚼嚥下機能の廃失を防止する上での注意をまとめます.

1.姿勢のコントロール(足底接地+体幹保持+うなずき頭位)のために椅子(もしくは椅子様の台)にする.

2.食前のブラッシングにより口腔衛生状態を改善するとともに刺激性唾液の分泌を促進する.

3.食後のブラッシングによる残留食物のプラークへの変性を防止する.

4.可能であれば食事内容に線維性のものを含み,炭水化物はバター等を利用する

 ブラッシングは「水が無い避難所では難しい」と言われることがありますが,歯磨きペーストを使わなければ,数秒間歯磨きするだけで刺激性唾液が分泌されてきます.ブラッシングが終われば口腔内の汚れた唾液を排出すれば問題ありません.

 

大阪大学大学院 歯学研究科

舘村 卓